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外貨預金の呆れた実態

 

 

天才の「経済的条件」

こうしてみると、アビ・ヴァールブルクも、フェリックス・メンデルスゾーンも確かに天才ではあったが、その天才を発揮するためには「経済的条件」が必要であったということが分かる。とりわけヴァールブルクの場合は、もし経済的自由が得られなかったとしたら、全く業績を残すことができず、従って歴史に名をとどめることもなく、それどころか精神的に不安定な単なる不幸な人間として無為に一生を過ごした可能性が高い。

さらに考察を進めるならば、ヴァールブルクとメンデルスゾーンとは、たまたま「天才」と「経済的条件」が一致した稀有な例なのであって、現実には、才能に恵まれながら経済的条件がないために大した業績を残せない人たちが、我々の想像以上に多いのではないだろうか(その一方で、経済的条件に恵まれた凡人が多くいることも確かであるが、それは当たり前のことであって、そのこと自体に何も問題はない)。「天才」などというものは、モーツァルトやアインシュタインなど、歴史上そう数多くいるものではないと思われるかも知れないが、実は案外に沢山いて、たまたまその能力を発揮できるような環境に居合わせなかったために「凡人」として一生を終わっただけなのかも知れない。「天才」アビ・ヴァールブルクの人生を思うとき、とりわけその思いを強くせざるを得ないのである。

「天才と狂人は紙一重」などと言うが、精神的に不安定であったアビが「天才」の側でいられたのは、全く家族の残した財産のおかげであった。

 

 

人類に貢献する私財

ところで、アビの頃には富豪と呼んで差し支えなかったヴァールブルクの家系も、最初から富裕だったわけではない。初め両替商、後に銀行へと格上げになったが、当初は銀行と言っても個人事業のようなもので従業員も10人程度であったという。これがアビや弟マックスの頃にはドイツ帝国の政商となり(マックスは日本の三井男爵と会った際に、複雑化する事業運営に悩む男爵に対して、持株会社による「財閥」という方式を提案したという)、第一次大戦後のワイマール共和国時代にもそれなりの政治力を発揮していた。このようにユダヤ人社会のリーダー的な存在となったヴァールブルク家は、慈善などによりその富を社会に還元する活動も行なった。

しかし、同家が長い目で見て人類の社会と文化に最も大きく貢献したのは、結局のところ、長兄アビの「道楽」である書物収集への援助なのであった。アビ自身は生涯大学の教職に就くことはなかったにもかかわらず、その個人文庫はハンブルク大学設立の基礎となり、1929年にアビが亡くなった後はナチスの台頭を避けてロンドン大学に移転して、ヴァールブルク研究所(ウォーバーグ研究所)となった。アビとその文庫の恩恵を受けた学者たちは、「ヴァールブルグ学派」と呼ばれ、哲学者のエルンスト・カッシーラー、美術史家のエルヴィン・パノフスキー、ゴンブリッチなど、20世紀の知の巨人とも言うべき錚々たる顔ぶれが揃っている。

しかし、本家の銀行の方は、ナチスの迫害による深刻な被害を受けた。ユダヤ系財閥によく見られる結婚政策の甲斐あってイギリスとアメリカなどで今日も営業しているものの、今日世界的な名声を得ているのは、「ヴァールブルク銀行」よりもむしろ「ヴァールブルグ研究所」であり「ヴァールブルグ学派」の方であると言わざるをえないだろう。

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