プライベートバンクFAQ

外貨預金の呆れた実態

 

 

ユダヤの銀行家

その共通点とは、彼らがともに北ドイツのハンブルク生まれの、富裕なユダヤ人であったということである。両者はともにユダヤ系の銀行家の家庭で育ったので、両家にビジネス上の接触があったという可能性もあり得る。

ドイツ統一以前のハンブルクは、独立した都市国家だった。この、さほど大きくもない港町の、さらに小さなユダヤ人社会で、音楽と美術という二大芸術分野の「歴史」を大きく塗り替えた天才が、ものの100年もたたないうちに2人も現れたということになる。その意味は決して小さくない。もしメンデルスゾーンがいなかったら、あのヨハン・セバスチャン・バッハでさえも、誰も知らない田舎音楽家として歴史の闇に消えていたかも知れないし、もしヴァールブルクがイコノロジーを提唱していなければ、我々の西洋美術に対する認識は、極めて稚拙な段階にとどまっていたに相違ない。すなわち、あたかもエジプトの神聖文字(ヒエログリフ)を文字と気付かず、単に人や鳥などの絵として鑑賞するのにも似た、あるいは極端な話、まるっきり漢字やかなを読めないアメリカ人が書道の美を論ずるのにも喩えられるような状態である。つまり、彼らがいなかったら、あるいは別の職業に就いていたなら、我々を取り巻く音楽や美術の状況は相当に異なっていたはずだから、これは大変なことである。

一体、何故、メンデルスゾーンやヴァールブルクのような天才が、短期間に、しかもこれほど狭い社会の中から現れたのだろうか。

 

 

天才誕生の条件は?

富裕であった家庭の教育が優れていたからだろうか。確かに、彼らが当時として一流の教育を受けていたことは間違いない。しかし、「神童」であったメンデルスゾーンであっても、かつてモーツァルトが父レオポルトから受けたような英才的な音楽教育に浴したわけではなかったようだ。銀行家である父アブラハム・メンデルスゾーンは、フェリックスの姉ファニーが音楽家になることは歓迎したが、息子には銀行家として家業を継ぐように望んでいたからである。これは、アビ・ヴァールブルクの場合も同様であって、当初は長男として銀行の経営に当たるのが当然だと思われていた。今日と異なり、銀行も株式会社でなく、パートナーシップ制の家族経営であった(このような無限責任制の銀行は現在でもスイスなどに存在している)から、親としてはそのように期待し、それに相応しい教育を施したはずだった。意図せざる「天才」の出現に、家族としてはむしろ閉口したのではないだろうか。

また、彼らのような「優秀なユダヤ人」の存在を説明する常套句として、「ユダヤ人は優秀だ」というのがある。これは同語反復に過ぎず説明になっていないだけでなく、その他大勢の「普通のユダヤ人」の存在を無視する議論である。もっとも、当時のユダヤ人社会、とりわけ富裕なユダヤ人社会は狭かったので、釣り合いのとれた結婚相手を見つけるのが困難であったため、従兄妹どうしで結婚するかと思えば外国まで結婚相手を探しに出かけることもしばしばであったようだ(このような国際的な姻戚関係によりビジネスの機会が広がっただけでなく、事業地の分散によるリスク軽減の効果もあった反面、後の「国際ユダヤ資本の陰謀」説の原因ともなっている)。このような特異な婚姻の形態が、いわゆる「ユダヤ人の優秀さ」と関わっているのかも知れない。

 

1 2 3 4 5

 

「メンデルスゾーン、ヴァールブルクと経済的自由」トップへ戻る

お金の歴史、文化と哲学

 

 

 

[Home] [Japan Law]

[Swiss Private Bank Account for Free] [Offshore Trust vs. Liechtenstein Foundation]