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全財産を寄付

ところが、「伝説の億万長者」本多静六については、さらに興味をそそられることがある。一般には投資法にばかり注目されがちの本多であるが、この賢人の真に面目躍如たる所以は、学者でありながら巨富を築いたことではない。むしろ晩年に至って「財産を失った」という事実の方なのである。しかも、正確には「失った」のではなく、一代をかけて築き上げた資産の大部分をほとんど自ら放擲したというのだから驚く。

本多静六が「実質的な全財産を寄付(しかも匿名で)」したことは、半ば伝説化しており、しばしば本多の人格の高潔さを示す「美談」として語られるエピソードとなっている。言うまでもなく、凡人には、真似をするどころか、容易に理解したり共感したりすることさえできない行為であろう。それだけに、理論的には誰にも実行可能と見えるその蓄財術より以上に、この寄付行為こそが「本多静六」という人物を解明するための鍵を与えてくれるように思われる。

この寄付行為について、本多は、『私の財産告白』でこう語っている。

「私も大学の停年退職を機会に、西郷南洲の口吻を真似るわけではないが、「児孫の為に美田を買わず」と新たに決意を表明、必要による最小限度の財産だけを残し、ほかは全部これを学校、教育、公益の関係諸財団へ提供寄附することにしてしまったのである。この場合、前にも一度あった例にかんがみ、世間の誤解を避けるために、またその寄附に対する名誉的褒賞を辞退するために、匿名または他人名を用いた。」

 

 

学問と財産の関係

ここで注目するべきことは、まず寄付が「大学の停年退職を機会に」行なわれたということであろう。ちょうど今日の日本で、「定年後に備えて」というような理由で金融機関が投資信託などの金融商品を奨めるのとは正反対である。

本多自身は直接語っていないが、推測するに、これは大学を退職することで、巨額の財産を保有する意味がなくなったということかも知れない。逆に考えれば、東大在職中は財産をもつことに意味ないし必要があったということである。

それは、どういうことであろうか。

著書の別の箇所で、本多は、ドイツ留学時代の恩師ブレンターノによる次のような言葉を引用している。

「いかに学者でもまず優に独立生活ができるだけの財産をこしらえなければ駄目だ。そうしなければ常に金のために自由を制せられ、心にもない屈従を強いられることになる。学者の権威も何もあったものでない。」

ここから察するに、本多の蓄財の動機は、物欲や金銭欲ではなく、「学者としての自由と独立」を守ることにあったのではないか。戦前の大学・学者が政治権力などの圧力にさらされていたことは天皇機関説事件などを見ても明らかだ。このような時代状況にあって、大学の職や俸給と引き換えに自説を曲げることは耐え難いことであろうが、職を失って妻子や家族を路頭に迷わせることもまた忍び難いに違いない。利殖と蓄財は、そのような事態を未然に回避し、学者として常に正々堂々と自説を展開するための手段であったのだろう。

従って子弟も自立し、自らは楽隠居を決め込んだなら、巨万の財産がその時点で無用の長物とみなされたことは論理的にもあり得ることである。

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